「いやー、あつし、急に来たねぇ」
と僕の額をしみじみ見ながら、友人が言う。
変に隠すのって嫌で、何なら見せつけてやろう、ぐらいのつもりでいたから、こうやってごうちゃんにいじってもらうのは、むしろ僕の望むところだった。
「えー、ほんまかー、全然来てないやろー」とか言いながら手で髪かきあげて、あえて局所をさらしてやる。
「うわ、ほんまにヤバいやんか!」ってごうちゃんが目をむいて驚く反応見て、僕はニヤニヤ笑っている。
遺伝的には、僕は間違いなく来るタイプだ。
父は二十代前半からすでに来ていたというし、母方の祖父も若くから丸ハゲだった。
血統的には、まず文句なしに、ハゲのサラブレッドと言っていいだろう。
だから、親父は不思議がってた。
「お前いまいくつや。38か。頭、全然来てへんなぁ。俺がお前の年のときには、もう隠しようもないほどやったぞ」
そう、それが不思議なのは僕にとっても同じで、なぜハゲないのか、僕自身にも理由がわからなかった。
仕事柄、栄養に気をつかっていて、自分なりにいろいろやっているから、それが髪にも何らかのプラスの影響を与えているんだろうな、とは漠然と思っていた。年の割に若く見られることが多くて、年齢をいうと驚かれるんだけど、それも栄養療法のおかげだと思っていた。
ただ、オーソモレキュラー療法の両巨頭、ポーリングやホッファーのことを思うと、幾分暗い気持ちにならなくもない。
ポーリングやホッファーの画像を検索してみてください。
両先生とも、自らオーソモレキュラー栄養療法を実践していて、90歳を超えてなお、クリアな思考を保った一流の学者であり続けた。しかしみなさん、彼らの髪の毛を見て、どうですか。
そう。残念な感じなんです。
ホッファーとソールの名著”Orthomolecular Medicine for Everyone”には、様々な症状に対していかに栄養が奏功するか、症例を交えて紹介されているが、「薄毛」の症例はない。
ただ、「ビタミンEは白髪に対して有効で、自分もホッファーもビタミンEのおかげで黒髪を保ってる」ってソール先生、書いてたけど、僕が東京でソール先生と会ったときには、彼、きれいな白髪の紳士って感じで、黒髪ではなかった。まぁ、ハゲてないだけマシか。
僕は毎日だいたい同じようなものを食べ、同じような生活スタイルで過ごしている。しかもストレスはほとんど感じていない。開業して自分のやりたいスタイルの医療を実践できて、こんなに幸せなことはない。
勤務医の頃は出したくもない薬を出さないといけないことが苦痛で、確かにストレスを抱えていたけど、別にだからといってストレスが髪の毛に来るということもなかった。
しかし、ここ数ヶ月で、急激に来た。
遺伝的には必発の家系なんだ、俺もいよいよ年貢の納め時か、という思いはいつもあるから、別段ショックではない。「男の魅力は髪型じゃない。ハゲてからが勝負よ」なんて強がってみるが、とはいえ、枕についた抜け毛を一本、二本と数えながら、あまりの多さに途中で数えるのにうんざりしてしまうぐらいの多さなんだ。
なぜだ。
原因は、絶対にあるはずだ。
思い当たることがいくつかある。
まず、筋トレを始めたことだ。
ほとんど毎日ジムに通っている。肉体改造を楽しむ、なんていう習慣は、今までの僕のライフスタイルにはないものだった。これが頭髪に影響していることは間違いないだろう。
生理学的な機序を考えても明らかだ。運動によって、テストステロンの血中濃度が上昇する。テストステロンは5α還元酵素の働きでジヒドロテストステロンになり、体に様々な影響を与える。筋肥大、意欲向上(集中力、食欲、性欲も含め)など、プラスの影響もあるが、過剰になっては頭髪や前立腺に好ましくない影響を与える可能性がある。
それからもう一つ。
僕は長らく習慣的に亜麻仁油を飲んでいたんだけど、あるとき、飲み切ってしまって、また買おうと思いつつも、何となくそのまま飲まないでいたのだ。飲むのをやめたのが、やはり数ヶ月前だった。
オメガ3系の油は現代人に不足しがちで、抗炎症作用がある。
病気とは何か。ざっくり「炎症のことだ」と言ってしまってもいいぐらいなもので、抗炎症作用のある亜麻仁油や荏胡麻油は、そういう意味で、どんな病気の人にもオススメできる。
筋トレするということは、負荷によって筋繊維を一旦壊して、再度タンパク質を組み込みつつ復活することで筋肥大させるということだから、このプロセスには必ず炎症を伴う。
つまり僕は、筋トレという炎症を起こす習慣を始めると同時に、亜麻仁油という炎症を鎮める習慣をやめていたわけだ。ハゲ地獄へのアクセルを踏み込み、かつ、ブレーキを踏むのをやめる形になっていたんだな。急激な抜け毛の原因はそこにあったのだと思う。
亜麻仁油が毛に有効というのは、エビデンスもあるよ。
https://www.researchgate.net/profile/Sihem_Halmi2/publication/283730350_Effects_of_Linum_usitatissimum_L_ingestion_and_oil_topical_application_on_hair_growth_in_rabbit/links/5645ede808aef646e6cd843d.pdf
動物実験なんだけど、亜麻仁油(局所塗布でも飲用でも)によって、有意な効果(毛の長さ、太さ、量)があったという論文。亜麻仁油に含まれるαリノール酸が5α還元酵素の働きを抑えるから効くんじゃないか、とのこと。
さらに、薄毛にはsaw palmetto(ノコギリヤシ)が有効だということもわかっている。(https://www.liebertpub.com/doi/abs/10.1089/107555302317371433)
これは動物実験じゃなくて、人を使ったRCTだから、エビデンスレベルはもっと高いよ。AGA(男性ホルモン型脱毛症)の人をノコギリヤシ投与群とプラセボ群に分けて実験したら、はっきり有意差が出た。機序としては、やはり、5α還元酵素を抑えることでジヒドロテストステロンの活性を抑えるという話。
作用機序としてはフィナステリドと同じだけど、薬には副作用も多いから、亜麻仁油やノコギリヤシ飲んで毛が生えてくるなら、そっちのほうが断然いいよね。
薄毛の原因は、ざっというと、血流、ホルモン、免疫、このどれかだ。
たとえば薄くなるにしても、生え際のMの部分とか頭頂から来る人がほとんどで、側頭部や後頭部から来る人はほとんどいない。これは、側頭部や後頭部には筋肉があるからで、筋肉は血流が豊富だからこのあたりの頭皮にも栄養が保たれて、ハゲないんだ。でも円形脱毛症は免疫が関与してるから、10円ハゲみたいなのは割と部分を問わずどこにでもできる。
薄毛には血流の改善が大事で、ホルモンの関与は比較的低いんじゃないかと思っていたけど、調べてみると意外にホルモンって大事なんだな。
筋トレは相変わらず継続しながらも、亜麻仁油を復活し、ノコギリヤシのサプリを摂り始めたら、抜け毛は見事に止まった。朝、枕に残る抜け毛もなくなった。
もう亜麻仁油はやめられへんなぁ。