院長ブログ

アダプトゲン

2018.8.15

ハンス・セリエが「ストレス」という概念を提唱して以後、この言葉は医学界のみならず、広く一般社会でも使われるようになった。
日本語の中にもすっかり溶け込んでいるから、もしも「純粋な日本語を取り戻そう」なんていう英語追放運動が起こったとしたら、きっと不便なことになるだろう。
「心労」とか「緊張」、「疲労」というのとは、ちょっと意味がずれるしね。

セリエは実験動物にいろいろなストレス(寒冷刺激などの物理的刺激、薬品などの化学的刺激、炎症などの化学的刺激、怒り、悲しみなどの心理的刺激)を与えて、その反応を観察した。
共通して見られたのは「副腎皮質の腫脹、胸腺の萎縮、胃・十二指腸潰瘍」といった症状で、有害な刺激に対する生体のこのような反応を「適応症候群(Adaptation Syndrome)」と名付けた。

セリエの発表する一連のストレス学説は世界中の研究者を刺激し、以後、ストレスの研究が様々な方面から進んだが、特にソ連は彼の研究に大いにインスパイアされ、独自にストレスの研究を始めた。
しかし、時は米ソ二大大国の冷戦のさなかである。
ソ連の学者たちは見事な研究成果を上げたのだが、それが西側諸国に大々的に報じられることはなかった。
学問の世界は、各国が成果を発表し合い、刺激し合って、成長していくものだが、冷戦下において、これは当てはまらなかった。
ソ連は自由な西側で発表される学問成果の蜜を吸収するものの、自国での研究成果は秘匿し、冷戦下の戦況を少しでも優位に進めようとした。

ソ連の研究テーマは、まず「いかにしてストレスに強い兵士を作るか」ということだった。
戦場では予想外のことが起こるのが常である。思いもよらぬ刺激に対して、簡単に傷むことなく、粛々と任務を遂行するタフな兵士を作りたい。
宇宙の無重力状態のような、人類がその進化の過程で経験していないような刺激に対しても、見事に適応する兵士を作りたい。そのためにはどうすればいいか。
身体的・精神的ストレスに対して兵士をタフにする、そういう食品なり栄養素なりがないものだろうか。
こういう場合に研究者が参考にするのは、古典的な医学文献であり、文化人類学的なフィールドワークである。
まず彼らは、漢方で重用される朝鮮人参の薬効に注目し、動物実験で抗ストレス作用(血中副腎皮質ホルモン濃度の低下、ATP産生の向上など)を確認した。
ソ連の研究者はこうした作用を持つ天然の薬草のことを、特に、アダプトゲン(適応を生み出すもの)と呼んだ。
こうした実験により、エレウテロ、シサンドラ、ロディオラなど、様々なハーブにアダプトゲン特性が確認された。

ソ連にとって、オリンピックは共産主義の優越性を世界中にアピールする格好の舞台だった。メダルの獲得数で憎き敵国アメリカを抑えて上回ることは、ソ連の至上命題だった。
国家主導でオリンピック選手の養成チームが組織され、当時秘密裏に研究が進んでいたアダプトゲンも、当然選手たちに用いられた。
アダプトゲンは天然のハーブであるため、当然ドーピングには引っかからない。おまけにドーピング薬物にしばしば付随する副作用自体、そもそも存在しない。
ただアスリートの運動能力を高め、しかも彼らをより一層健康にする、すばらしいハーブ。それがアダプトゲンの作用だった。
実際にメダルの獲得数を比較してみよう。
1972年ミュンヘンオリンピックで、ソ連は金メダルを50個(銀27個、銅22個、合計99個)獲得したのに対し、アメリカは金33個(銀31個、銅30個、合計94個)と、アメリカを上回った。
1976年モントリオールオリンピックでは、ソ連は金49個(銀41個、銅35個、合計125個)、アメリカは金34個(銀35個、銅25個、合計94個)と、やはりアメリカを圧倒した。

ソ連で行われていたアダプトゲンの研究が西側に知られるようになったのは、冷戦が終わってからのことである。
ソ連によるアダプトゲン研究を主導したZakir Ramazanov博士はソ連崩壊後、アメリカに亡命したが、その際、機密文書とされたアダプトゲンの研究成果を持ち出し、広く公開した。
文書の多くは1970年代に行われたアダプトゲン研究についてのものだった。アダプトゲンの研究は「極寒のシベリアにおいても、酷暑のアフガニスタンにおいても、冷静沈着に任務を遂行する兵士を育てる」ためだったという。
(https://www.nationalgeographic.com/people-and-culture/food/the-plate/2016/08/long-before-doping-scandals–russians-were-studying-performance-/)

以上が、アダプトゲンの歴史についてのざっくりとしたまとめです。
オーソモレキュラー栄養療法では、アダプトゲンのことを特に言及していないんだけど、これって不思議だ。ポーリングもホッファーもアダプトゲンのこと、知ってたと思うんだけど、どう思っていたのかな。
ソール先生に会ったときに聞けばよかったな。「アダプトゲンのこと、どう思いますか」って。
まさか「あれは憎き共産主義者による研究成果だから、僕はあんなの、断じて認めない」なんてことは言わないと思う笑
当たり前だけど、どこの誰が有効性を確認しようと、効くものは効く。
アダプトゲンというのは、本来の目的は、強い兵士(宇宙飛行士やオリンピック選手も含め)を育てる目的で研究が進んだものだけど、これって要するに、健康な人をさらにもう一段階上の健康に引き上げる、ということだし、さらに言うと、病気の人を健康にしてくれる、ということでもあるだろう。
だから、病気治療に対して、アダプトゲンを使わない手はないと思う。
僕は、とにかく、「病気を治したもん勝ち」だと思ってるから、エビデンスとして有効性が確認されているものは何でも使います。当然、アダプトゲンも患者に勧めているし、患者の感想を聞いて手ごたえを感じている。
というか、実は僕自身も飲んでて、効果を実感している。
飲み始めて、まず思うのが、疲れにくくなった、ということ。別に疲れやすいなんて自覚症状のなかった僕でも効果を感じたぐらいだから、病気の人にはもっと効くと思う。
手始めに、ロディオラ120㎎を朝に1錠、あたりから始めてみるといいよ。
ただし、メーカーによって質の差が大きいから、信頼できるメーカーのものを選ぼう。