「あがり症で、会社で皆の前で何か発表するときとか、声が上ずったり、自分の言いたいことを言えなかったり。
いえ、薬は頓服ではなく、毎日飲んでます。職場の同僚との何でもない雑談のときでも、不必要に緊張してしまうことがあって、変な奴だと思われたくないので。
メイラックスと抗うつ薬と降圧薬は手放せません。降圧薬はドキドキを抑えるために飲んでるんだけど、血圧は正常なので、適応外処方だといわれてますけど。
デパスがよく効くんですが、眠くなっていけないので、デパスは本当に緊張するときの最後の手段として飲むように言われています。
昔は人の前に進んで立つほうでした。中学生の時は生徒会の役員をやってて、会議の場で進行役をするのが得意でした。でもあるとき、そういう会議の場で、急に声が上ずってしゃべれなくなりました。
以来、緊張症は私の持病になりました。人の目を見て話すことができなくなりました。人とのコミュニケーションが苦手になりました。
大学生のときの発表でも教授や研究室の皆の前で話すことができなくて、苦労しました。それで初めて、心療内科に通い、デパスをもらいました。
デパスは素晴らしく効きました。皆の前で饒舌に話すことができて、緊張知らずだった小学生のときの本来の自分に戻れたようでした。
会社に入ってからもデパスに頼っていたのですが、眠気がひどくて。会社の発表の場で、自分の発表をこなせたのはいいものの、そのあとに寝てしまう。発表会って、自分の発表さえすれば終わり、じゃないんです。他人の発表もきちんときいてこその発表会なんです。
女性との交流も緊張してしまいます。あがってしまうと、言葉が出ない。相手にどう思われるかと思うと、恋愛にも踏み出せなくて」
緊張症には糖質制限が有効だ。
緊張というのは要するに、交感神経と副交感神経のアンバランスで、その原因は食事に起因することが多い。
砂糖の含まれた食品はもちろん、ご飯、パン、麺などの炭水化物をとると、体内でグルコースに分解され、血糖値を上げる。膵臓からインスリンが分泌されるが、今度は血糖値が下がりすぎ、反応性低血糖をきたす。すると、グルカゴン、副腎皮質ホルモンなど、交感神経を興奮させるホルモンが分泌される。そこでイライラしたり緊張したり、という精神症状が現れる。
解決策は簡単で、血糖値の乱高下を招くような食品をとらなければいい。
そのことを説明すると、ご本人、自分のなかで思い当たるふしがあったようで、
「それは実感として非常にわかります。昼ご飯を食べると、午後に社内で何かを発表しないといけないときにすごく緊張するのですが、昼ご飯を抜くと不思議と緊張しない、ということには気付いていました。だから、大事な発表の前にはお昼を食べないようにしています。
しかし、緊張の背景にはそういうメカニズムがあることは知りませんでした。なるほど、非常に参考になります」
仕組みを理解することで、方法に対してより意識的になれる。意識的になれば、方法はもっと洗練される。
たとえばこの人の場合、昼を抜くと緊張しないということは経験的に分かっていたわけだけど、より具体的には、糖質のinputが停止したことが奏功したのだということがわかると、野菜やたんぱく質は別に食べてもいいのだ、完全に断食する必要はないのだ、ということがわかる。
ただ、盲点はけっこうあるものだから、ご用心。
「炭水化物はダメだけど野菜はOK,たんぱく質OK」と思って、昼に外食でとんかつを注文するとどうなるか。
野菜にはブドウ糖果糖液糖たっぷりのドレッシング、とんかつは小麦粉やパン粉という炭水化物で覆われた豚肉に糖分たっぷりのソースがかかっていて、という具合に、意外に糖質をとってしまうものだから、気を付けよう。
患者の目の前に神様的なエラい人が突然現れて、
「職場の同僚や女性に対して、薬に頼ることなく、物おじせず堂々とふるまうことができるようになりたいか?しかしそのかわり、おぬし、一生甘いものを食べることができなくなるが、それでもよいか?」
と言われたら、こういう人たちはどのように答えるか。二つ返事でYES!と言うはずだ。
緊張症のせいでどれほど自分の人生が傷つけられてきたことか、彼らは身に染みて知っている。
糖質制限だけで症状が軽快するというのなら、喜んで我慢することだろう。
真の治療法は、デパスやメイラックスのなかにあるのではなく、もっと手近なところにあるものだよ。