「医学部に入学したって、一年生のうちは一般教養の授業ばかりでしょ。
2年生、3年生と上の学年に進むにつれ、専門性の高い授業が始まって、ようやく「自分は医者になるんだな」という意識も高まっていくものだが、何と言っても一番大きな通過儀礼は、解剖実習だろう。
本から学ぶ机上の知識だけではなくて、実際のご献体から、解剖的知識を実地に学ばせてもらうわけだ。
実習初日の風景はかなりショッキングだ。
学生は5人とか6人で一組の班に分けられるんだけど、各班それぞれのテーブルに、カバーをかけられたご遺体がズラリと並んでいる。あんなシュールな光景は、解剖学教室以外には、現実世界になかなかないだろう。
嗅ぎ慣れないホルマリンの臭気もあいまって、初日には気分が悪くなって実習を途中退室してしまう学生が一人二人出るものだが、人間たくましいもので、そういう彼らもやがて慣れて、率先してご遺体にメスを入れるようになる。
全裸のご遺体は、個人情報の剥ぎ取られた、完全に匿名的な存在だ。
名前はもちろん、生前どこで暮らすどんな人だったか、一切明かされない。
ただ唯一、死因と死亡年齢だけは分かる。これは個人情報というより、医学的情報だからね。学生への教育的目的もあって、そこだけは教えられることになっている。
ところが、僕の班に割り当てられたご遺体には、重大な手違いがあった。
七十代で亡くなった女性のご遺体だったのだが、口腔内の解剖のときに、その女性が入れ歯をしていることが分かった。
で、なんと、その入れ歯に名前が書いてあったんだ。
入れ歯に名前を刻印するということは、それほど珍しいことでもないらしい。ほら、老人会で一泊旅行とか行ったときに、洗面所で入れ歯の取り違えがけっこう起こるんだよ。そういうトラブル回避のために、入れ歯に名前が入れてあるわけだ。
一切の個人情報を取り除くべき大学当局にとっても、入れ歯は盲点だったんだな。
思いもかけず、僕ら班員はそのご遺体の名前を知ることになってしまった。
しかもね、その名前、佐藤とか鈴木みたいなよくある名前なら、特に印象に残ることもなく記憶を素通りしたと思うんだけど、なんていうのかな、すごく珍しい名字だった。たとえば、そうだな、仮名だけど、東雲(しののめ)さん、みたいなね。
で、僕らも解剖実習やりながら、「しののめさん、胸鎖乳突筋、メス入れさせてもらいますね」とか「しののめさんの反回神経って、バリエーションですね」とか、冗談交じりというわけでもないんだけど、そんなふうに、匿名のご遺体じゃなくて、名前を持った個人として接している節があった。
そのせいでね、テスト対策のために無理やり頭に叩き込んだような解剖学用語は全部忘れちゃったけど、しののめさんっていう名前だけは、僕の記憶の中にしっかりと残ることになった。
やがて時が流れた。
ポリクリを終え、卒業試験をクリアし、国家試験も合格し、僕もようやく医者になった。
医者になってから、さらに数年の時が流れた、ある四月のこと。
僕は大学の頃からずっとテニスをしていてね、当時もあるテニスサークルに所属していたんだけど、そこに入会したいという人が何人か来た。
で、彼ら、一人一人自己紹介していくんだけど、そのなかの一人の女性が自分の名前を「しののめゆうこです」と名乗ったとき、僕の心は急に、学生時代の解剖実習に引き戻されたようだった。
どうしてもその人と話したいと思って、後で話しかけるきっかけ作って、言った。
「僕が学生時代に解剖させて頂いたご遺体もしののめさんでしたよ」
「え!」と彼女、驚いてから、「それはきっと私の祖母だと思います。祖母は医学のためになるのなら、と自ら献体になることを希望していましたから」
「不思議ですね。こんな偶然があるんですね」
それがきっかけで、僕ら、いろいろ話をした。
出会った最初の日からお互い他人のような気がしなくて、親しく話すようになって、やがて交際し始めた。
そして彼女は、今の僕の妻でもある。
名前入りの入れ歯がつないでくれた不思議な縁を思うたびに、僕はある種の感慨に打たれる。
人間は死んだら終わり、じゃない。
死んでなお、孫娘の恋愛を成就させるキューピッド役になることもあるんだ。」