院長ブログ

化粧

2018.7.2

肺癌には、まず、小細胞癌と非小細胞癌の二通りがある。
癌の組織型を見て、「この患者、スモールかぁ、かわいそうになぁ」とか先生が言うわけ。標準治療的には、小細胞癌はなかなか難しいんだ。
非小細胞癌は扁平上皮癌、大細胞癌、腺癌に分けられるんだけど、妙なことに、腺癌だけは、女性の発症率が高い。
なぜか。
性差があるということは、まず、発癌の機序にホルモンが関与しているのではないか、と疑うのが素朴な直感。
そこで、エストロゲン補充療法してる人とかタモキシフェンを飲んでる人で腺癌の発症率がどうなっているか調べたけど、どうも無関係らしい。
じゃ、何だろう。
女性特有の生活習慣が関与しているのではないか。
男はしないけど、女性は日常生活で習慣的に行うもの。
シャンプーとかリンス?
なるほど、頭皮は皮膚の中でも一番吸収力が高くて、シャンプーやリンスに何らかの有害成分が含まれていた場合、男性よりは女性にその影響が強く出るだろう。
シャンプーに含まれているラウリル硫酸ナトリウムには確かに細胞毒性があるが、しかし、特に肺に特異的に悪さをすることはなさそうだ。
化粧?
化粧品にはタルクが含まれている。タルクの分子式は 3MgO・4SiO2・H2O。一方、アスベストの分子式は 3MgO・2SiO2・2H2O。
うーむ、実に似ている。
アスベストは時限爆弾。急性の毒性はない。アスベストへの曝露から数十年の時を置いて、肺癌や中皮腫を発症する。
タルクも同様で、二十歳頃から女性としてのおしゃれに目覚め、化粧を始めたとして、それから40年。
それは、経皮吸収されたタルクが肺野末梢で目詰まりを起こし、蓄積し続けた40年でもある。
加齢による抗酸化力の低下に伴って、ついに癌化するのではないか?
よし、仮説の検討だ。
ネズミとか使って実験したり、あるいは前向きコホートを設定して有意差を見たりして、発癌性の有無をいろいろ調べるわけ。
https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/08958370701497903
で、どうもこれが当たりっぽい。
そこで、医学界としては、世間に強く警告しないといけない。「女性の皆さん、化粧品にはタルクが含まれていて、肺癌や卵巣癌の原因ですよ」と。

でもこれ、化粧品メーカーとしては死活問題。商品のラインナップを一からごっそり変えないといけないし、下手したら女性の癌患者から集団訴訟を起こされて、会社が破産しかねない。
だから、彼らとしては、認めるわけにはいかないんだ。
そういうわけで、タルク入りの化粧品、今でもフツーに売ってます。化粧の原材料にタルク、って堂々と書いてます。

僕は生来ずぼらで、身だしなみとかファッションに気を遣うのはめんどくさいと思うタチだから、女性が出勤前とかに「最低限のマナーとして化粧をしないといけない」みたいな暗黙のルールのなかで生きているのを見ると、男に生まれてよかった、とつくづく思う。
でも同時に、女性には化粧という、いわば変身の方法があるわけで、そこはうらやましくも思う。
すっぴんでいまいちさえない女の子が、少し口紅をさし、軽くおしろいをはたくだけで、見違えるように可愛くなったりする。
ああいう激変は男にはないもので、化粧を楽しむことができるのは、女性としての特権だと思う。

昔見たドキュメンタリー番組。
ある老人施設で、ボランティアの人たちが女性の利用者に化粧をした。
僕はその変化に目を見張った。
化粧をする前には腰が曲がって歩くのもおぼつかないようなおばあちゃんたちが、化粧をした途端、背筋がすっと伸びて、表情が一気に明るくなった。
単に見た目が変わっただけじゃない。明らかに、内面まで若くなった。
化粧のパワーを思い知ると同時に、僕は気付いたよ。
「ああ、このおばあちゃんたちも、女の子なんだな」と。
化粧の魔力を身に装うことができる。これが女の子の定義だとすると、老人施設で晩年を過ごす利用者たちも、まさに女の子だった。

そういう、女の子の重大な変身アイテムである化粧品に、発癌性があるとしたら、、、
女の子が、素の自分以上に美しくあろうとする思いって、すばらしいと思う。
でもその思いのために、癌のリスクを高めてしまうということであれば、さすがにためらうよね。
こういう社会毒の問題は、何とも難しいなぁ。